2010年12月26日日曜日

アジアに埋もれる日本 編集委員 太田康夫

2010/12/26付
日本経済新聞 朝刊


金融庁は成長戦略で目標のひとつに「アジアのメーンマーケット」を掲げた。東京はニューヨーク、ロンドンと並ぶ世界の三大市場だったはずだが、その足元が揺らいでいる。

 将来、有力通貨になるとみられる人民元。香港では元預金が急増している。10月末の残高は前月比45%増の2170億元(約2兆7千億円)で、1年前の3.8倍に。英HSBCは「中国が香港で元市場づくりを本格化している」と見る。

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 香港は今年、世界の新規株式公開(IPO)の4分の1を手掛けた。米ゴールドマン・サックスのティモシー・モー・ストラテジストは香港について「外国為替取引の中心で、資本調達の場でもあるロンドン型の市場になる」と予測する。

 巨大経済を背景にニューヨーク型の市場になるとみられているのは上海だ。モー氏によると「中国の株式市場の拡大は経済成長より早く、2020年代半ばには世界一になる」。その株式時価総額は20年に日本の4倍、30年には8.6倍になる見通しだ。

 市場間競争は激しくなっている。現物取引では中国にかなわないため、先物取引に活路を見いだそうとしているのは韓国だ。先物の中心、シカゴ市場のアジア版をめざしている。

 今年前半の金融派生商品(デリバティブ)取引では韓国取引所が契約数でシカゴ・マーカンタイル取引所グループを上回り世界一を維持。契約数は日本で最大のデリバティブ取引所である大阪証券取引所(15位)の19倍に達する。

 中国、インド、インドネシアの間に位置するシンガポール。シンガポール取引所はオーストラリア証券取引所の買収を打ち出し、広域性を強めようとしている。英語が公用語で、法制度や透明性などでも欧米並みが売り物。欧米投資家のアジアへのゲートウエー(入り口)として存在感を高める考えだ。

 日本も活性化を検討している。金融庁は証券、金融、商品を扱う総合取引所の創設を打ち出した。しかし株式は上海、人民元は香港、先物はソウルなどアジアの中心市場が固まりつつあり、統合で取引をひき付けられるかどうかは不透明だ。東京証券取引所も来年度前半に、午前の取引時間を30分延長する。ただ実務慣行を大きく変更できないとして、昼休みの完全廃止、午後の取引時間の延長などは見送った。

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 アジアで競争相手がいなかった時代の考えや、その慣行を維持したままの活性化には限界がある。アジアのメーンマーケットとして残りたければ、アジアが動いている間、例えばインドの取引が終わるまで市場を開けておくべきだろう。市場づくりの基本は業者の事情ではなく、利用者の利便性にある。10年後を見据えて巨大市場・中国の隣で、誰のための、どういう市場をつくるのか一から考え直す時期に来ている。

 「静かな撤退が始まっている」。日銀の貸出・資金吸収動向によると、11月末の外国銀行の円貸出残高は3兆7000億円。残高を公表している1995年10月以降で最低を記録した。外資系金融機関幹部は経営の力点が日本から中国、インドに移りつつあると打ち明ける。静かな撤退の範囲は貸し出しから資本市場の業務へと広がる見通しで、市場復活に向けて残された時間は限られている。

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