http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2821
2月18日夕刻、金融政策決定会合後の記者会見で白川方明日銀総裁は、日銀もインフレ目標を導入すべきではないかといった議論を、強気の発言であっさり否定した。次のような発言があった(引用は共同通信の報道などによる)。
「インフレーションターゲティングという言葉に即してお答えすると、これは金融政策を運営するときの枠組みの一つで、英国やカナダでは採用している。しかし今回の金融危機を通じてこの枠組みについて反省機運が生まれてきている」
「足元の物価上昇率が目標物価上昇率を下回る状況が長く続く下で、物価の動向だけに過度の関心が集まる結果、物価以外の面で静かに蓄積していた金融・経済の不均衡を見逃し、見過ごし、結果として金融危機発生の原因になったのではないかという問題意識が、以前に比べて高まってきているように思う」
「短期的に、足元の物価上昇率と目標(の間)を埋めていくように政策運営をしていくとの見方が生まれると、金融政策が最終的に目標とする持続的な成長に、むしろマイナスになる局面もある」
「どういうラベルを金融政策運営の枠組みに貼るかということに、あまり多くのエネルギーを注いでも、生産的ではない気がする。インフレーションターゲティングを採用している国も、採用していない国も、結果として金融政策の枠組みが、近年、非常に似通ってきている気がしている」
「3点だけ申し上げる。1点目は、物価安定に関する定義、あるいは目標を何らかの数値的な定義や目標にするということ。日銀に即して言うと、中長期的な物価安定の理解。2点目は、先行き数年間というかなり長い見通しを公表しているということ。日銀で言うと展望レポート。3点目は、金融政策運営にあたって足元の物価動向だけではなく、中長期的にみた物価や経済・金融の安定をより重視する必要性への認識が高まっているということ。日銀に即して言うと、2つの柱による点検」
「インフレーションターゲティングを採用しているかどうかは現在、金融政策の枠組みを議論する上で、意味のある論点、切り口ではなくなってきているという印象がある」
「G7各国でインフレターゲティングを採用している中央銀行は英国とカナダで、残りは不採用。設問として、日銀がなぜ採用していないかというのもあるが、英国とカナダがなぜ採用しているかという立て方もある。ターゲティングに関心が集まりがちだが、私自身は、実際は金融政策を運営していく時の、説明の一つの枠組みと思っている」
白川総裁も会見で一部言及していたように、最近の英国の状況は興味深い。インフレ目標採用国である英国では、+2%の目標を実際のインフレ率が1%ポイントを超える幅で上振れる状況が断続的に発生。2月16日には、今年1月の消費者物価指数が前年同月比+3.5%になったことを受けて、イングランド銀行のキング総裁がダーリング財務相あてに、目標から乖離した原因と今後の見通しを説明する書簡を送付する一幕があった。今回の消費者物価指数(CPI)上振れでは、景気対策で一時的に実施された付加価値税率の引き下げ終了によるテクニカルな影響は大きい。これに、原油価格の水準が前年の同時期よりも高くなったことや、為替のポンド安の影響が加わった。多分にテクニカルなインフレ率の数値上昇に、中央銀行が振り回されているわけである。キング総裁は、インフレ率の基調は下向きだという見解を強調している。
「日銀としては、各国のいろんな経験を見ながら、採用国の中銀の良い部分、採用していない国の中銀の良い部分を咀嚼し、それを組み込んだ、日銀独自の枠組みだと思っている。もちろん、この枠組みがいついかなる時でも最善だと言うつもりはない。各国とも自らの金融政策の枠組みをどういうふうにすればよいかという議論をしており、そういう観点からわれわれも引き続き丹念に見ていこうと思っているが、現状ではこの日銀の枠組みが最適だと思っている」
今回の会見で白川日銀総裁は、インフレ目標に関連して上記のような強気の発言を繰り返し、政府と協調して+1%程度のインフレ目標を近く打ち出すのではないかといった市場の憶測を事実上否定した。その背景には、欧米中央銀行の金融政策運営状況からみて、日銀が採用している金融政策の枠組みには間違いなく追い風が吹いているという、白川総裁の強い確信があるのではないか。
ただし、日本が慢性的なデフレである以上、インフレ目標導入論を含む日銀に対する政策要求は、今後も断続的に浮上してくるだろう。「市場機能を維持して緩和効果を確保するためには、政策金利はストレートにゼロ%にすべきではなく、小幅の変動余地が必要だ」という日銀の主張はグローバルに認められるところとなっており、白川総裁は金融政策の具体論で、得点を1ポイント挙げた形になっている。しかし、インフレ目標導入論でもう1ポイントを挙げたと言い切ることまでは、まだ難しいように思われる。
なお、インフレ目標論議は今のところ、債券を中心とする市場の材料にはなりにくい。具体的な数値目標が掲げられても、それが実現するのかどうかについて、メドが全く立ってこないからである。
仮に、+1%といった目標を日銀が政府と共有する体裁が整えられるとしても、それはあくまで長い目で見た場合のインフレ目標であろうし、しかも、金融政策面で具体的に何を行うかは、日銀に委ねられる公算が大きい。菅直人副総理・財務・経済財政相は、政策の方向性と目的については政府と日銀で共有することが望ましいが、具体的な手段については日銀が決めることだという、日銀の独立性を尊重する姿勢を示している。日銀はおそらく、粘り強く金融緩和を続けるという、現在の姿勢の延長線上で対応するだろう。だが、日銀の門間一夫調査統計局長が、2月1日に日本記者クラブで述べたように、「お金をばらまけば魔法のようにデフレが一挙に消えてなくなるというほど、この世の中は単純にはできていない」。
地盤沈下を続けている国内消費需要を上向かせる、多面的で強力な滞在人口増加策を政府が実行し、世の中の期待のベクトルが変わってこないと、デフレからの脱却は実現することはないだろう。問題は、インフレ目標を掲げるかどうかというテクニカルな話ではない。
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