2010年11月6日土曜日

(超金融緩和 FRBと日銀)(下)物価目標、政府・日銀共有を


2010/11/6付日本経済新聞 朝刊
 「これは事実上のマネタイゼーション(財政赤字の中央銀行による穴埋め)だ」。米連邦準備理事会(FRB)が金融の量的緩和を決めた3日、FRBの元幹部は興奮気味に語った。

70兆円と5兆円
 米連邦公開市場委員会(FOMC)が決めた長期国債の購入に、FRBが保有する住宅ローン担保証券などの償還分の再投資を加えると、国債購入額は8500億~9000億ドル。円換算で70兆円前後となる。

 「国債の新規発行分を丸のみする勘定になる」と、田幡直樹RHJインターナショナル・ジャパン上級顧問は言う。バーナンキ議長はデフレ阻止を最重視し、覚悟を持って一線を越えた。

 日銀は5日、5兆円の資産買い取りの細目を決めた。購入資産は国債、社債、コマーシャルペーパーのほか、株価指数など上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)に及ぶ。週明けから順次実施する。

 値下がりリスクを伴う株式や不動産を購入するのは、FRBよりさらに一歩踏み出したかに見える。だが白川方明総裁は「効果と副作用を見極める」と述べ、なおどこか慎重さが漂ってくる。

 「5年物米国債に比べETFのリスク量は13倍」。とはいえ、ETFとREITの購入額は計5000億円。70兆円前後というFRBの国債購入額に対し、日銀の今回の資産買い入れは総額でも5兆円にとどまる。

 量的緩和の規模の違いに加え、市場が重視するのはデフレ克服の決意と戦略性の違いだ。

 前回9月と今回、FOMCは「物価の安定と雇用の最大化というFRBの使命」を強調した。使命を果たすまで何でもやるとの決意表明だ。

 今回の緩和で不十分なら、「プランB」と呼ばれる一段と非伝統的な策も用意している。望ましい物価上昇率を明示して達成を図る「インフレ目標」は有力な武器だ。

 しかも年2%といった物価の「上昇率目標」を達成すれば事足れりというのではない。

 不況で落ち込んだ物価が不況前の水準に戻るまで、中央銀行が積極的に資金を市場に供給し、一時的に物価上昇率が大きくなることすら容認する。そんな「物価水準目標」さえFOMCでは真剣に議論されている。ダドリー・ニューヨーク連銀総裁らは提唱者だ。

 日銀が1%程度の物価上昇が展望できるまで、ゼロ金利政策を続けるというのも、こうした議論を意識したものだろう。ただ1%という数字は政策目標ではなく、物価見通しに関する政策委員の個々の判断を示す「物価安定の理解」の中央値にすぎない。明示的な目標設定とは違う。

 「デフレの主因は需給ギャップであり、根っこにはグローバル化の進展や潜在成長率の低下がある」というのが、白川総裁の基本認識だ。

 「中央銀行の資産規模やマネーサプライ(通貨供給量)を増やしても、物価上昇には結びつかない」。外部への説明のために、事務方は様々なグラフを用意してみせる。

試される本気度
 そんなことは承知の上で、グローバルな投資家が目を凝らすのは、デフレ克服にかける本気度だ。もちろん、デフレの克服は政府が日銀に丸投げして達成できるような簡単な課題ではない。

 政府は望ましい物価上昇率についての指針を明らかにせずにいる。インフレ目標の設定を任されても、日銀にとって荷が重く、ためらいがちになるのも無理はない。

 ならば政府自身が望ましい物価上昇率についての目標をつくり、その目標を日銀と共有した上で、両者があらゆる政策手段を動員する体制をとったらどうだろう。

 政府がデフレ克服の責任を日銀だけに押しつけ、ねじれ国会が補正予算もほったらかしにするようでは、経済政策は空中分解してしまう。つま先立った米国と対照的に、政策の停滞が続くうちは、日本はいつまでたってもデフレの迷宮から抜け出せない。

(編集委員 滝田洋一)

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