- 2010/11/13付
- 日本経済新聞 朝刊
ソウルから横浜へ。G20サミットを終えてアジア太平洋経済協力会議(APEC)に大移動する指導者は「妥協から連携へ」と頭の切り替えを迫られる。
12日午前3時。事務方が11日夕までに固めるはずの首脳宣言案がやっとまとまった。米国と中国の対立が解けず、経常収支の不均衡を直す目安をいつまでに作るかは首脳の判断に託された。
文言調整の焦点だった為替問題。素案には「通貨の競争的な過小評価を避ける」と人民元の切り上げを迫る強い表現を盛り込んだ。だが中国の巻き返しで一般的な表現の「切り下げ」に戻された。
目先の論争次々
同時不況の脱出で世界が結束した米ワシントンから2年。G20会議は変質した。韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領が意図した金融の新しいルール作りなどは脇役に。代わって通貨摩擦や不均衡といった、眼前の論争の仲裁に追われた。
人民元改革の遅れ。米のドル安容認。欧州の財政不安。アジア諸国の為替介入……。対立の構図は「先進国と新興国」といった単純な姿ではない。米の量的緩和には、中国やブラジルに加えてドイツのメルケル首相までも批判に参戦した。
「不ぞろいの成長と広がる不均衡が、協調を乱す行動への誘惑をかき立てている」――。首脳宣言は異例の表現で抜け駆けをけん制した。通貨安競争と保護貿易を排除する。経常黒字国は内需を、赤字国は貯蓄をふやす。いつも通りの政策協調だが、実効性を担保する手段は乏しい。
「グローバルな会議を地域のAPECより先に開くのは当然」と韓国が先に開いたG20。繕った協調には危うさが伴う。むしろ頼みにできるのは、APECのような枠組みを生かしてアジアの成長を取り込む戦略だ。
安価な生産拠点だったアジアは、人々の所得増加で「世界の工場から世界の市場へ」(行天豊雄・元財務官)と変容しつつある。成長低迷にあえぐ先進国が、経済連携という誘い水で、そのアジアを囲い込もうとあれこれ駆け引きを始めている。連携というより競争という言葉がふさわしい。
環太平洋経済連携協定(TPP)をひっさげて「アジアへの関与を強める」と強調するオバマ米大統領。12日の記者会見で、親密な国家リーダーとして真っ先に挙げたのは「インドのシン首相」だった。APEC参加21カ国・地域の経済規模は世界の53%。アジアが高成長を続ければ、存在感は飛躍的に高まる。
韓国との自由貿易協定を結んだ欧州連合(EU)も米主導のTPPに注目し「参加を探る国に間髪を入れず接近している」(経済産業省)。東南アジア諸国連合に日中韓が加わる枠組みなども含め「様々な連携が並列で動きながら進む」と伊藤元重東大教授は言う。
迅速さと意志を
日本のスピード感がここで問われる。「資金も技術もある日本には、有力な市場として想像以上に期待が大きい」と野村ホールディングスの氏家純一会長は言う。シンガポールのリー・シェンロン首相は「日本が参加すれば重みが増す」とTPP陣営に手招きする。
今月9日。TPP参加の9カ国と日本政府による局長級の情報交換会は「あたかも『9プラス1』の面接といった感じだった」(政府筋)。日本が聞き出せたのは9カ国の交渉内容や日程など基本情報だけ。菅直人首相は議長国の立場で9カ国の首脳と会う方向だが、そこで何を語るのか。
アジアの経済力学は猛烈な勢いで変化している。APECの地元開催という機会に明確な意志とアイデアを出せなければ、日本は「アジアの時代」という追い風に本当に取り残される。
(編集委員 菅野幹雄)
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